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島原城です。
![]() 天守閣からの眺めです。 手前の山は普賢岳ではありません。奥にかすかに見えるのがそのようです。 ![]() ![]() 少し太めの天草四郎 ![]()
雲仙温泉です。
雲仙地獄と呼ばれる温泉の噴き出し口です。 キリシタンの弾圧にも使われたそうで、悲しい歴史があるそうです。 Unzen-Jigoku (Unzen Hell) This is one of the nozzles of magma chamber in this area, and the steam, hot water and desolate scene looks like the picture of hell. There is a sad history of this hot spring having been used to crack down on Christians in feudal Japan. ![]() 哲学者の顔みたいです。 A picture of a philosopher ![]() 横顔にも見えます。 Looks like someone’s face in profile. ![]()
熊本県の天草と長崎県の島原の間の海域は、野生のイルカが住んでおり、
ホエール・ウォッチングならぬイルカ・ウォッチング(ドルフィン・ウォッチングが正しい?)ができます。 クジラならともかく、イルカは水族館で泳ぐところを実際に見ているので あまり期待していませんでしたが、意外に楽しかったです。 多くの船が取り巻いて見守る中、イルカとしてはさぞかし面倒くさい状況と思いきや、 非常にサービス精神一杯で、ジャンプしてくれました。 餌付けでもしているのかと船員に聞いた人がいましたが、船員さん曰く、 ここらは小魚が多く、食べ物に困っていないので、イルカは死んだ魚に見向きもしないそうです。 The sea between Amakusa (Kumamoto Pref.) and Shimabara (Nagasaki Pref.) is inhabited by wild dolphins, and visitors can join dolphin-watching tours there. Having already seen dolphins swimming at aquariums, I didn’t expect it to be so much fun, but it turned out to be otherwise. Despite the disturbance caused by the many ships surrounding and watching them, they dutifully jumped above the water’s surface. When asked whether the dolphins were fed and trained, the shipmaster said they weren’t because dolphins in the area eat live fish from the sea rather than dead ones. ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
天草キリシタン館です。
その名のとおり、戦国時代から江戸時代にかけての キリスト教信者の受難の歴史を分かりやすく展示する施設です。 天草と言えば、天草四郎を連想します。 当時の島原藩主は、不作の中、過酷な年貢取り立てを行っていました。 一方、天草では幕府がキリスト教徒を弾圧。 そうした中、島原と天草の人たちが手を結んで天草四郎を戴いて一揆に及んだそうです。 壮絶な戦いを経て、島原の原城で一揆軍は全滅。 戦いの後の荒廃したこの地域を立て直したのは鈴木重成という徳川家康の家臣。 なんと、私の出身地に近い、愛知県の足助(あすけ)出身だそうです。 現在も鈴木重成を奉った鈴木神社が存在し、天草の人々の信仰を集めているそうです。 キリシタン館の近くにはキリシタン墓地もありました。 ![]() ![]() ![]()
熊本県天草市の御所浦島に行ってきました。
離島なので最寄りの港から船で行くこと約20分。 ![]() ![]() 目的地である御所浦白亜紀資料館に行き、化石を採掘してきました。 採掘と言っても、海沿いのヤードに付近で採取した石がごろごろと積み上げられているので、 それを適当に砕いて化石を探してくださいというもの。 アンモナイトなどの貴重なものが出た場合は、 近くに居る学芸員の方から寄贈を勧められるそうです。 ![]()
福岡城のさくらまつりに行ってきました。
六分咲きといったところでしょうか。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
最近、数学の本にはまっています。
一応、理科系なのですが、数学はあまり得意ではなかったので、 サイエンス物を読みたくなっても、数学は触手が伸びませんでした。 今回、偶然本屋で手にした「フェルマーの定理」(サイモン・シン著)を読んでみたのですが、 これが非常に面白い。 17世紀の数学者であるフェルマーが残した数多くの予想が成立する(正しい) 又は成立しない(正しくない)ことを、後世の多くの数学者が、一生懸命というより「一生をかけて」 証明する様子が生き生きと描かれています。 (数学では証明されていないアイデアをその人の名前をとって「●●予想」と言い、 証明されて初めて「●●定理」となる)。 計算することばかりが数学ではなく、数学とは正に証明なり、ということがよく分かります。 そして、証明という行為も一人のアイデアで全て完結するのではなく、 多くの人が築き上げた数々の定理を使って一歩一歩新たな高みに上る様子がよく分かります。 もちろん、オイラー、ガウス、リーマンといった天才が既存の考え方を打ち破り、 新しい分野を切り拓く場合もあり、天才とはこういうことかと驚かされもします。 フェルマーの定理(予想)は、1995年、英国のワイルズによって証明されました。 フェルマーの定理は、数学では数論(Number Theory)という分野に類型化されます。 数論における未証明の予想の最高峰は、何といってもリーマン予想(Riemann Hypothesis)です。 リーマン予想は、19世紀のドイツの天才数学者リーマンが発表した予想で、 素数(Prime Numbers)の性質に深く関わっている予想です。 素数とは、1とその数以外で割り切れない数です。すべての自然数は、素数の積で表されます。 化学における元素のようなものです。 そんな重要な数にも関わらず、解明されていないことが多い不思議な数です。 第一、どのように分布しているのかも厳密には分かっていません。 41と43のように偶数(偶数は素数となり得ない)を挟んで隣り合って存在する素数 (このような素数を「双子の素数」という)もあるかと思えば、 何百(それ以上も)と離れて存在する素数もあります。 ただし、素数の個数が無限個であることは、何と古代ギリシャ人が証明しているそうです。 学校時代は味気ないと思っていた数学ですが、豊穣な世界が広がっていることが分かり、 これからも楽しめそうです。
福岡県田川市にある石炭・歴史博物館に行きました。
炭坑労働者だった山本作兵衛(Sakubei Yamamoto)が、 2011年5月25日、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)により 日本で初めて世界記憶遺産(Memory of the World Register)として、 認定されたことで有名です。 写真は、旧三井田川鉱業所伊田竪坑櫓。 市のほぼ中心部に位置する旧鉱山施設です。 「Ⅰ形鋼を用いた4本の鋼柱等からなる鋼構造体の頂部に、 2基の大型ヘッドシーブを据え付けて総高28mとし、 西側にはバックステイを添える。 筑豊に残る唯一の鋼製櫓で、現存する明治期の竪坑櫓として最大級の規模を誇る。」 (文化遺産オンラインより) Sakubei Yamamoto http://www.y-sakubei.com/english/museum/index.html ![]()
「オリガ・モリソヴナの反語法」という変わった名前の本を読みました。
著者は、ロシア語同時通訳として名高い米原万理さん。 アマゾンのブックレビューの結果がとてもよかったのと、 TV番組で軽妙かつ的確なコメントをされる米原さん (残念ながら2006年に亡くなられたそうです)の作ということで、 興味津々で読みました。とても面白かった。ここまで夢中に読ませる本は久しぶりです。 あらすじは、子供時代にチェコ・プラハにあるロシア人学校に通っていた主人公の弘世志摩が、 数十年ぶりにロシアを訪れ、ロシア人クラスメートとともに、当時の学校にいた不思議な舞踏教師 オリガ・モリソヴナの過去の謎解きをしていくというものです。 彼女の過去は、ソ連という実に奇妙な国の歴史と社会構造と深く結び付いていました。 ソ連の歴史に疎い(それ以外の国もそうですが)私には、ソ連のスターリン時代の粛清、 ラーゲリについての細かい描写は、非常にショッキングでした。 また、本の端々に、著者のロシア社会・歴史の隅々に至るまでの膨大な知識 (同時通訳の第一人者なので当然かも)が伺えますし、膨大な参考文献をみると、 非常に丹念に取材をしているのが分かります。また、ストーリーの謎解きも二重・三重のトリックがあり、 最後になるほどと納得しました。米原さんの他の本も読んでみたい!
会社の旅行会で長崎県の軍艦島に行きました。
軍艦島は、かつて海底採炭の基地として、三菱が所有した小さな島です。 隣接する高島炭鉱とともに良質な石炭を産出し、 最盛期には炭鉱マンとその家族などで5000人を超す人々が、 約6.3haの小さな島に生活していたそうです。 島はコンクリートの岩壁で固められ、小中学校、映画館、鉄筋の高層アパートなど の様々な施設が林立する姿は、あたかも海上の軍艦のように見えたため、 軍艦島というあだ名がついたそうです。 昭和49年に閉山し、現在は無人島。鉄筋コンクリートの建物群はそのまま残り、 廃墟となっていますが、日本最古の高層アパートなどの当時の最先端の生活の跡もあり、 また、廃墟独特の魅力もあることから、三菱から市への移管後、遊歩道などが整備され、 2009年から上陸できるようになったそうです。 My coworkers and I visited Gunkanjima, or "Battleship Island," in Nagasaki. Mitsubishi corp. has once owned the small island to make it a base for retrieving coal from undersea mines. Known to produce good coals along with neighboring Takashima coal mine, this small, approximately 6.3-hectare, island was inhabited by more than 5000 people, including miners’ families at its peak. Because the concrete walls surrounding the island and a forest of high-rise buildings (schools, theater, apartments etc.) give it a battleship-like appearance, the island is called Gunkanjima (Battleship Island). The island has been uninhabited since the closure of the mine in 1974, and abandoned concrete buildings have fallen into ruin. In 2009, after the transfer from Mitsubishi to Nagasaki city, the local authority paved walking path in the isle for the tourists coming to see the remains of unique, advanced and densely populated lifestyle such as Japan’s oldest high-rise apartment. 確かに軍艦のように見えます。 ![]() ![]() ![]() ![]() ついに上陸 ![]() まさに廃墟 ![]() 1916年(大正5年)に建てられた日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造の高層アパートです。 Japan's oldest 7-story concrete apartment built in 1916. ![]() ![]() 明治期、島の拡張にともなう護岸工事は、石積みで行われたそうです。 ![]() ![]() ![]() 炭鉱の入口だそうです(右端)。炭鉱マンは、地下に行くカゴの乗車場(3階)につながるこの階段を毎日「降りてくる」たびに、生きて帰ってきたと実感したそうです。 ![]() 白黒にすると時間がとまったようです。 ![]() ![]() ![]()
下村胡人の「論語物語」を読みました。
(右下のライフログに掲載しました) 「論語」自体には興味があったのですが、 孔子や弟子の言葉が前後の脈絡がなく並べられているので、 読みづらく、なかなか記憶に残らないなと思っていました。 この「論語物語」は、「論語」を体に沁み込むほどに 読み込んだ著者が、孔子と弟子達とのやりとりを ストーリー性のある「物語」に編みなおしたものです。 論語などの漢文を意味は二の次にして子供に暗唱させて刷り込ませ、 大きくなった時にその意味が浮かびあがって効用を発揮するという、 「素読」が見直されていますが、もはや丸暗記が苦しくなった我々大人には、 エピソード(物語)で覚える方法が頭に優しいですね。 その点からもお勧めです。
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